時代によって教育の在り方も変化していく事

公立学校の中で中高一貫教育が注目される 資本主義においトップに上り詰める為には、学歴が大事だ、学校に行って、きちんと教養を学んで、出来る事なら、高校、大学と進学して、立派に就職して初めて、人は一人前の社会の一員になるのだと、日本人の多くが、子供の時から自然と教えられてきた教育の理念です。でもその在り方って、時代背景によって、随分変わってきた様にも感じられます。真理は変わっていないけど、子供達に施す方法や、それを教える教師たちの信念などは、その時代時代によって、大きく異なっている様に感じます。

たとえば70年代から80年代初頭に関して言えば、日本は高度経済成長で、日本のサラリーマンは、皆一斉に働き尽くめで日本の経済を指させてきました。働けば働いた分、どんどん経済は上向きで、日本の暮らしは豊かになって行く為、サラリーマンは自分の存在意義を強く感じていただろうし、戦後と真逆の豊かな暮らしを夢見て一生懸命働いてきた事でしょう。その結果、家庭での事は妻に任せきりであったり、自分の子供には教養を身に付け、会社でのポジションをより良いものにしたいと、教育を押し付ける様な時代であったとも言えます。その様な抑えられた環境での子供のフラストレーションや、右肩上がりで物資が豊かになっている、尚戦争経験者で物がなかった時代の大人たちは、子供には不憫な環境を作りたくないと、なんでも買い与え、甘やかした事による一種の溺愛で、過激する教育に付いて行けず、振り落とされた子供達が、暴走族などのツッパリです。この時代はそんな時代でした。今の中高生より、子供達の精神は成熟していたのかも知れません。単に、怒りを面に表し、集団で行動し、解り易かったのかも知れません。つまはじきになった彼らを教師たちは見て見ぬ振りでした。それで本当に良かったのでしょうか。

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